プルタルコス『英雄伝4』
- 作者: プルタルコス,Plutarchus,城江良和
- 出版社/メーカー: 京都大学学術出版会
- 発売日: 2015/05/18
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログ (1件) を見る
キモンとルクルス
どっちもお金持ち。とくにルクルスは超のつく美食家として有名だね。わしもアポロンの間でメシ奢ってほしいよ。
関係ないけど、アッティカ(アテネのある地方)とペロポネソス(スパルタがあるラコニア地方を含む半島)の気風の違いについての記述がちょっと興味深かった。
キモンは詩歌をはじめ、多くのギリシア人になじみの“自由な学問”を何一つ教わったためしがなく、アッティカ風の才知や能弁ともまるで無縁だった。その人柄を支配するのは高貴と実直であり、心のありようはむしろペロンポネソス風だったという。つまり気取らず、飾らず、事にあたって勇ましい
ニキアスとクラッスス
これまたお金持ちつながりの章。クラッススは第一次三頭政治の一角を占めたことで世界史の教科書にも載ってるけれど、ニキアスは Wikipedia にも項目がないのが大きな違い(わずかに ニキアスの和約 - Wikipedia の稿に名前が残る)。
また、クラッススはわりとエグいお金持ちだった(彼が富はほとんど火事場泥棒じみた行いから得たものだった)が、ニキアスは小心者だった。
しかし徳というものを知る国家に身を置いている限り、力において上回る人物が下劣な男に譲歩するべきではなく、また権力をもつにふさわしくない者に権力を譲り渡したり、信頼に値しない者に信頼を置いたりすべきではない。ところがニキアスは……それをしてしまったのである。
結果的には同じで、二人とも天寿を全うすることができなかった。クラッススは欲をかいてパルティア遠征へ行って犬死し、ニキアスは自らが反対したシチリア遠征の司令官に無理やり任命され、そこで命を落とした。
セルトリウスとエウメネス
異民族の軍隊を率いて傑出した才能を示した両将の比較。どちらも裏切りによって命を落とした点でも共通している。
プルタルコスの『英雄伝』ではギリシャ人を先に、ローマ人をあとに配置するのが常だけれど、この章だけはエウメネスが後に置かれている。正確に言えば、エウメネスはバルバロイだからというわけなのだろうか。最後の比較においても、エウメネスに厳しすぎるのが少し気になる。
あと、セルトリウスの章にはアトランティスに関する記述が少しだけある。
そこ(バエティカ)でセルトリウスは、アトランティス諸島から最近帰ってきたばかりの数人の船乗りに出会った。アトランティス諸島というのはごく狭い海峡で隔てられた二つの島からなり、アフリカから一万スタディオンの距離にあって、至福の人々の島と呼ばれる。ほどよい量の雨がときおり降り、風はおおむね穏やかで露を散らす。耕作にも植栽にも適した肥沃な土地に恵まれているばかりか、果実はおのずから実って豊かさも甘さも申し分なく、手入れや世話をせずに放っておいても人々の胃を満たしてくれる。移り変わる季節が溶け合ってほど良い気候を作り出し、心地よい空気が島をおおっている。というのも大陸から吹いてくる北風と東風は、遠い距離を行くうちに果てしない空間に散り、島に行く着く前に力を失ってしまう一方、海洋からきて島を包む北西風ないし西風は、ときおり柔らかい雨を海から運んでくるが、たいていは湿りを含む澄んだ大気で島を冷やし、やさしく土地を養ってくれる。だから、ホメロスの歌ったエリュシオンの野であり至福なる者たちの住まいだという固い信仰が、夷狄の間にまで広がっているのである。
セルトリウスならずとも、静かに暮らしたいと思うよなぁ。どこのことなのだろうか。ニュージーランド? ハワイっぽい? もしかしたら日本かな?
なお、セルトリウスには Wikipedia に項目がない。
アゲシラオスとポンペイユス
これは何繋がりなんだろう? 最期をエジプトで迎えたことが共通点? ちょっと苦しいな!
この章の片方の主役であるアゲシラオスについてはクセノポンの著作でも触れた。
今回読んだ中では、メネクラテスとのやり取りが面白かった。彼は腕のいい医者であり、患者から「最高神<ゼウス>」というあだ名まで奉られるほどで、彼自身もそれを得意にしており、自ら「メネクラテス・ゼウス」と名乗るほどだった。あるとき、彼はアゲシラオスにこのような手紙を送った。「メネクラテス・ゼウスよりアゲシラオス王へ、ご健康をお祈りします」するとアゲシラオスはこのように返した。「アゲシラオス王よりメネクラテスへ、ご回復をお祈りします」頭がおかしい人に返す言葉として、これ以上簡潔なものはないだろう。
こういうラコニア風のやりとりは気が利いていて楽しい。たとえば、アンダルキスというスパルタ人はあるときアテナイ人にこう言われた。「われわれは君たちをケピソス河畔(アテナイの近くを流れる川)から何度も追い返したではないか」そこでアンダルキスは答えた。「われわれの方は、君たちを一度もエウロタス河畔(スパルタの近くを流れる川)から追い返したことがない」つまり、そこまで攻められたことすらないというわけだ(残念ながらアゲシラオスの時代にこの言葉はウソになってしまうのだが)。また、アルゴス人(アルゴスはスパルタと同じペロポネソス半島にあるアルゴリアの主邑)はとあるスパルタ人にこういったという。「君たちの同朋が数多くアルゴス領に葬られている」何度攻めてきても墓が増えるだけだぞ! というわけだ。そこで、スパルタ人はこう答えた。「君たちの同朋は一人もラコニアに葬られていない」
この4巻で一番面白かったのは、エウメネスの章とポンペイユスの章かな。なかでもポンペイユスの章は量でも圧倒していて、読みごたえがある。
自分はポンペイユスというヒトをただの優柔不断だと思っていたのだけど、本当は“他人に悪く思われたくない”という意識が強すぎたヒトなのかな、と思う。実際、同格の者がいないときには即決果断で数々の戦果をおさめたけれど、元老院に担ぎ上げられた最後の戦いでは長所をまったくと言っていいほど出せなかった。余計なお荷物さえいなければ、実際、カエサルをも破っていたんじゃないかと思う。兵士の質の問題はあるが、数で勝ってた上、情勢はポンペイユスに味方をしていたのだから。