墨子十論
『墨子』 - だるろぐ の核心部分は、巻第八から巻第三十七までの“十論”と呼ばれる部分にある。論は上中下の三篇から成り、それが十あるから、巻数は三十だ。欠損の多い『墨子』だが、この十論は上中下のどれかが残っているので、幸い思想の輪郭を把握するのは困難ではない。
尚賢。尚同。兼愛。非攻。節用。節葬。天志。明鬼。非楽。非命。
どれも『墨子』の独特な思想の欠かせない一部分になっているが、墨子にはすべてを一度に布教する気はなかったらしい。
魯問編:子墨子游,魏越曰:「既得見四方之君子,則將先語?」子墨子曰:「凡入國,必擇務而從事焉。國家昏亂,則語之尚賢、尚同;國家貧,則語之節用、節葬;國家說音湛湎,則語之非樂、非命;國家遙僻無禮,則語之尊天、事鬼;國家務奪侵凌,即語之兼愛、非攻,故曰擇務而從事焉。」
(子墨子は魏越を遊説にやろうとした。魏越は言う。「まぁ、いろんな君主に会えたとして、実際、何を語ればいいんスかね? わかんねーっす」子墨子は答えた。「その国の国情に合った内容を語れ。混乱していたら尚賢・尚同がいい。貧しければ節用・節葬を説くに限る。堕落してたら非楽・非命だな。礼儀がなってなければ天志・明鬼を説け。侵略しまくってたら兼愛・非攻を語るがよい。まぁ、臨機応変にやるこっちゃな」)
墨子 : 卷十三 - 中國哲學書電子化計劃
これら十論は独立しつつどこかで連関ているので、どこから入ってもよいのだ。
(以下、途中でめんどくさくなったので適当)
尚賢
執政者は賢者を尊び、有能なものを任用すること。
では、国に賢者を多くするにはどうすればいいのであろうか。義(ただ)しいものを任用し、そうでないものを遠ざければ、自然に国に賢者は多くなる。
外国から賢者を呼ぶんじゃなくて(「先ヅ隗ヨリ始メヨ」みたいな)、国内で賢者を増えるようなインセンティブを考えた制度デザインをしようというのがちょっと面白いかも。
- 賢者をたっとび、その意見に従おう → 尚同
尚同
主義主張が異なっているから、互いに争う。
みんなの意見を統一する、圧倒的力量をもった君主が必要だ。天下から賢明・善良の徳を備え、聡明で知恵の優れた人を選んで天子にしよう。そして天子は三公を置き、三公は大夫を任じ、大夫は郷里の長を治める。そうやって天下を分割し、下が上に従えば、治まる。上意下達、ゼッタイな? 長の支配以外に、徒党を組んだりしちゃいけないよ。
全体主義と取れなくもない気がする。
- 賢者の言うとおりにしよう → 尚賢
- 賢者は天が選ぶ → 天志
兼愛
これは“みんなを平等に愛せよ”というのではない(結果的にはそうなるが)。“相手を愛するときは自分を愛するのと同じようにせよ”ということ。
みんな自分が一番かわいい。それと同じように他人を愛せれば、結果的にすべての人を平等に愛することになる。
“みんなを平等に愛せよ”に潜む、自己犠牲的な意味“自分を捨ててでも…愛せよ”がなくなっていることに注目したい。逆にいえば、兼愛とは“他者を捨てて自分の利益を図る”ことの禁止と言える。今風にいえば、パレート改善制約と言っていいのかもしれない。
- 他者を犠牲にした自分の利益の拡大の禁止 → 非攻
非攻
『墨子』のキモともなる、超積極的平和主義。すべての攻撃を否定し、攻撃を受けた街は墨子教団が防衛する。
- 他者を犠牲にした自分の利益の拡大の禁止 → 兼愛
- 天の定めた今の体制(周の冊封体制)を守れ → 天志
節用
他国を征服せずに国を富ます方法はあるのだろうか。支配層の華美を廃し、資源の浪費を避け、実用品の生産を増やし、民に行きわたらせることだ。
この章で述べられているもう一つのポイントは、人口を増やすこと。墨子はどうやら労働価値説的な立場に立っていたらしい。
- 苦労して生産した富は、死んだ者にではなく、生きているものに使うべき → 節葬
- 他国を征服せずに国を富ます方法はある → 非攻
節葬
節用とよく似てるが、支配者層が富を地中に埋め、資源を浪費することを戒める。苦労して生産した富は、死んだ者にではなく、生きているものに使うべき。
- 苦労して生産した富は、死んだ者にではなく、生きているものに使うべき → 節用
- 厚葬・久葬は上帝・鬼神の懲罰を招く → 天志・明鬼
天志
天の意思に逆らう(支配)者には天譴がある。
- 天の意思に沿うように行動せよ → 尚同
- 侵略・併呑には上帝の懲罰が下る → 非攻
明鬼
天志が支配者層への天譴を説くものであるのに対し、明鬼は個人的犯罪には必ず罰が下るという因果応報説を説く。
もし鬼神が存在しなくても(ここが墨子のイマイチ弱いところ)、鬼神を祭ることは血縁・地縁の強化に役立つ(鬼神の祭に資源を浪費するのは節用の範囲外らしい)。なので、鬼神は実在すると思った方がなにかと都合がよい。
- 相手に害を与えて自分が利益を得るヒトには罰が下る → 兼愛
非楽
支配者層は贅沢な音楽を楽しむのはやめよ(庶民が労働のときに歌う歌などは対象となっていないようだ)。もっと生産的なことに労働力を割り振れ。
- 支配者層の贅沢の禁止 → 節用・節葬
- もっと生産的なことに労働力を割り振れ → 節用・節葬
非命
宿命論の否定。天から与えられる使命はあっても、天に定められた運命などというものはない。勤勉により、状況は常にはよい方へ変えられる。
- 上帝が宿命を否定しているのは歴史から明らかである → 天志
- 宿命論を受け入れず、聖王・賢者の意見に耳を傾けよ → 尚賢・尚同
- 宿命論を信ずると、労働は放棄される。国の成長は失われる → 節用・節葬
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