『陸軍潜水艦―潜航輸送艇マルゆの記録』
- 作者: 土井全二郎
- 出版社/メーカー: 光人社
- 発売日: 2010/10
- メディア: 文庫
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- 戦史上でも前代未聞のことであり、ある意味では悲劇
- 底をついた戦力の様相を体現して産まれたかのような奇形児
- 敗戦の落とし子
散々な言われようだけれども、これが陸軍の「決戦兵器」だったというのだから呆れるしかない。
「マルゆ」は正式名称を「陸軍潜航輸送艇」といい、貴重な鉄の割り当て量を割いて陸軍が「航空機に次ぐ優先度で」海軍に極秘裏に*1建造した輸送専門の潜水艦だ。
船体は「西村式豆潜水艇」と呼ばれる、船というよりもどちらかというと深海探査機の元祖のようなものがベースで、海軍の息がかかった造船所ではなく、町のボイラー工場や鉄工所で建造された。そのせいもあってか当初は不具合だらけで、かなりの苦労があったという。乗員もこれまで満州で戦車を駆っていた連中がほとんどで、海のことなどまったく知らない。なのに、海軍が5年ほどかけて養成するところを、三カ月の速成教育で放り出されるというのだからたまったものではなかったろう。
ただでさえ潜水艦というのは狭く、暗く、臭く、息苦しい。しかも、死ぬときは圧死か溺死。最期の詳しい状況がわかることも少なく、ただ長期の消息不明をもって戦死と認定するのみだ。遺族には遺骨はおろか、確たる戦死の証拠すら残されない。きわめて過酷な任務だと思う。
だいたい、水中速力三ノット、水上でも辛うじて七ノットを出せるに過ぎない速力で、敵機のうようよしている戦場を縦断し、遠く小笠原やフィリピンまで物資を運ぼうというのだから、無謀というほかない。ランニング程度の速度しか出せない上に、バッテリーの問題で長時間もぐることもできず、敵国のラジオで動向が放送されてしまう有様だった(日本の謎の潜水艦が南下中!)。
――それでも、2カ月弱をかけてちゃんと日本からマニラへ到達できたというのだから、人間、なにごとも為せば成るものだと感心した。
個人的には、「マルレ」海上挺身戦隊という特攻部隊があったことが初耳だった。読んでよかったように思う。「マルレ」は名前上“ヒミツの連絡部隊(れ)”っぽい感じになっているが、その実はベニヤ製のモーターボートで敵艦に近づき、至近距離で爆雷を投下する特攻部隊で*2、米軍資料では一定の脅威になったことが記されているが、日本側では戦果が公認されておらず(誰も帰還できないのだから戦果の確認もしようがないのだが)、犠牲者はすべて特攻死ではなく、一般の戦死扱いになっている。「マルゆ」にも物資ではなく肉薄部隊を載せて特攻を行う計画があったという。
ところで、「マルゆ」の本拠地は伊予三島(四国中央市)にあったらしい。今度行ってみようかと思う。