「スパルタは一人の人間を頼りとしているのではない」
紀元前5世紀に生きたスパルタの提督・カリグラティダスは、占い師に「犠牲として供えた獣に死の兆しが現れている。用心召されよ」と言われてこう答えたのだという。
「スパルタは一人の人間を頼りとしているのではない」
死んでも代わりはいくらでもいる、ということだ。これこそスパルタだ。共和国はこうでなくてはならない。
およそ共和的な組織において、誰かが突出して、みんながそれに依存する状態は望ましくない。誰かに依存するということは、その人に支配されているのと変わらない。だから、共和主義においてもっとも重要視される状態――「自由」とは言えない。すべてのひとは、互いに依存しないように、等しく優れているべきだ。*1
しかし、プルタルコスはこの発言を嗜める。
戦うのも、船で海に渡るのも、進軍するのも、彼は一人であろうが、その彼は将軍として、舞台全員を自分の手中に掌握している以上、彼が死ねば、これほど多くのものがともに滅びることになるので、一人とは言いがたい。
これはこれでもっともな意見だ。
能力に差がある以上、集団に依存関係が生じるのは避けられない*2。能力に差がある要素からなる集団は、依存性をあつめる要素を中心にハブ化する。ハブをもつ階層化された集団を、組織という。ハブを失えば、組織は瓦解する。
組織をなしながら、個人が「自由」であるには、どのようにすればよいのだろうか。ハブたりうることを属人的でなくするには、どのようにすればよいのだろうか。